知っトク!訪問看護は家族がいるか、いないかで在宅ケアの内容が変わる。

家族がいるか、いないかでケアの内容が変わる。

うちの訪問看護ステーションは生活支援が根底にあり、困窮者を対象とした看護が多い。なので家族がいるパターンが非常に少なく生活保護受給者が9割。うち家族いないのが10割と家族がいる前提で看護をした経験がなく免疫もない。でも協力があるか、ないかはさておき家族が存在するのが一般的で家族がいないパターンの方が珍しいのかもしれない。

今回、家族が存在し協力的で生活保護受給者でもないケースの看護をすることで気づいたケア内容の違いについて書いています。

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・金銭的な配慮

生活保護を受けていると請求は国になる。なので受診や処方薬を抵抗なく医師に依頼できる。しかし保護でない場合、余計な往診、処方を避け出費を減らしたい気持ちと医師の意向を踏まえて家族への説明が必要になってくる。また金銭的余裕がある家族と、カツカツで処方された薬を取りに行くのも躊躇する人もいる。それを子供に説明し援助してもらないかと上手に情報提供するにも時間と労力が必要でスムーズにことが進まないことも多い。そう考えると保護の方が圧倒的に有利であり、家族がいない年金生活者が一番不利である。しかし年金から生活保護への切り替えが簡単でないのが事実である。金銭面では保護が有利に思えるが受けれる治療も限られているため全て有利と言うわけではない。

・家族が邪魔な時がある

家族がいるとケース(患者)の意思決定を尊重できない場合がある。緩和、看取りを希望すケースに対し延命を希望する家族。今は延命を希望する人はほとんどいませんが稀にいて、その苦痛を説明しても納得してもらえない。また在宅が全てで安らかに過ごせるとは限らない場合の緊急時対応を理解してもらえないなど、理解させるだけの能力が看護師にないのも問題かもしれませんが、たまに「めんどくせーもう邪魔!」と思うときがある。ケースの苦痛緩和や意思を尊重するために家族と戦う時もあり、それを考えると生活保護はケースの意思を皆が尊重し従うことができると言うメリットがある。家族がいることが絶対に良いとは限らないと言うことを頭におきながら関わる必要がある。

・家族へのケア

ターミナル(終末期)の場合、できる限り苦痛を軽減し、本人の希望に沿った生活を提供してあげたいと言う協力的な家族がいる。そんな所へ訪問すると、こちらが恐縮してしまうほど環境が整えられていたり、何時に何を食べた飲んだと細かい情報を得ることができる。でもその裏で家族が一睡もせず見守っている現実があり、介護疲れ同様の疲労があり共倒れすることがある。これは家族だけではなく介護ヘルパーにも言えることであり、1日3回訪問のヘルパーサービスだとヘルパー訪問には家に居ないといけないと思う家族の負担もある。ヘルパーと共に潰れてしまうことがり、終末期が長期戦になるのかどうかも含め医師、看護師、家族と情報を共有しケアプランの見直しと、少しでも負担が減るようなサポートが必要になってくる。また家族への提案は慎重になる必要があり家族に「やらなくてはならない」と言う義務感を与えてはならない。そもそも医師が判断することを看護師が気軽に提案してはいけない。

・最後はどうなるのか?

家族がない場合でも生活保護受給者は最低限の葬儀を行うことができる。参列はサポートをしてきた看護師、ヘルパー、サポーティブハウス、自立支援の作業所スタッフなど意外に一人ではない。最終、音信不通の家族へ役所が連絡してくれることもあり、何十年ぶりかに葬儀で再会と言うパターンもある。では家族ありでのターミナル(終末期)はどうか?よくある最悪なパターンは遺産相続でもめる。金額が大きいと本人が生存中でも、そっちのけで相続話をするバカ野郎がいる。弁護士を含みややこしことにもなるので、元気なうちに相続を決定し揺るがないものにし予後を穏やかに過ごせるよう準備しておいた方がよい。相続がない場合でも手厚く人間味あふれる葬儀を行う家族もあれば、この人はどれだけのことをしてきたのだろうと恨まれながら最後を迎える人もいる。これはレアなケースであるが子供4人をもうけ長女が小学生のとき精神疾患で蒸発した父親がいる。その父親は精神疾患以外での問題行動はなく妄想により野宿生活を余儀なくされ未治療期間が長いこともあり介入した時には70歳。生活保護受給と同時に治療を開始すると在宅が可能となり、妄想が勃発しても長女の名前が出る程度で迷惑行為は一切なし。4年サポートを続け老化による肺炎を伴い逝去前には父親の記憶もない長男長女が駆け付け、父親がいなくなったのは精神疾患であり性格の問題ではなかったと言う事実を知り子供達は埋葬は生まれ育った故郷でと連れて帰ったケースがあった。家族が常にそばにいることは幸せかもしれないが、ありかたが大事なのかもしれないと考えさせられるエピソードでもあった。

家族がいたら邪魔。でも、いないと成り立たない。いないことで、ことが進む。でもいないとできない看護もある。様々な中で、どう向き合ったら患者の希望に沿った看護を提供できるのかと毎日戦いながら・・。

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